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夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース

夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース|最高裁平成23・3・18第二小法廷判決(最高裁平成21年(受)第332号離婚等請求本訴、同反訴事件)

実は他の男性の子であると知らされずに自分の子として育てていた子について、
妻から夫に対する養育費の請求が権利濫用にあたるとして、排斥された判例です。

夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース|どんな事案だったのか?

事実経過の概略は次のとおりです。

夫婦は、平成3年に婚姻。
平成10年に次男が出生(最終的には3人の子が出生)。
ところが次男は、実は、夫とは別の男性との間の子であった。
妻はそのことに気づいていたが、夫には内緒にし続けていた。

平成16年1月末ころ、婚姻関係が破綻した(原因は主に夫の不貞行為にあるとされている)。
同じころ、夫が、妻に対し、に婚姻費用(別居期間中の生活費)として月額55万円を支払うことを命じる審判が下されている(確定)。

平成17年4月、夫が、次男との血液型の矛盾から、次男が自分の子ではないことを知った。
平成17年7月、夫は次男につき、親子関係不存在確認の訴え等を起こすも、却下された(確定)。
平成17年9月、夫は、妻に対し、離婚・財産分与・慰謝料等を請求する訴訟を提起した。
平成19年10月、妻は、夫に対し、離婚・子の親権付与・養育費支払・財産分与・年金分割・慰謝料等と求める反訴を提起した。

。。。。。。

不仲の原因には夫の不貞行為もあったりで、やや複雑な事情ですが、

本稿で論じたいのは、

妻が、離婚成立前の別居期間中、夫から、他の男との間の子である次男の分の監護費用も含むものとして、毎月55万円の婚姻費用(生活費)の支給を受けていたことの是非。
離婚成立後の妻が、夫に対し、他の男との間の子である次男の分についても、養育費の支払請求をすることができるのかどうなのか。

その二点です。

夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース|裁判所の判断は?

第一審、第二審のいずれも、妻からの養育費の支払請求を認めております。
妻がほかの男とつくった子の養育費を、なぜ自分が負担しなければならないのか。
夫からすれば、あまりに理不尽な判断ということになるでしょう。

夫は、最高裁判所の判断を仰ぐため、上告受理申立てをしました。

夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース|最高裁判所の判断

最高裁判所は、
妻が、他の男との間でつくった次男分の監護費用(養育費)についてまで、
(元)夫に請求することは、権利濫用にあたるとしました。

権利濫用を理由に、妻の請求を認めなかったわけです。

最高裁判所は、その理由として、次の事情をあげています。
・婚姻期間中、夫は、妻に対し、自分の通帳等をあずけて、生活費を自由に支出することを許していたこと。
・その後も婚姻関係が破綻するまでの4年間にわたり、夫は、妻に対し、毎月約150万円の生活費を渡していたこと。
・婚姻関係破綻後も、審判による毎月55万円の支払が命じられていて、これまでに、夫は妻に対して、次男分の養育・監護のための費用として十分な負担をしてきたこと。
・法律上、夫が次男との親子関係を否定できなくなったのは、妻が次男が他の男との間の子であることを夫に秘密にしていたことに原因が有り、もはや夫が次男との親子関係を否定する法的手段が残されていないこと。
・妻は離婚に伴う財産分与としても、相当多額の財産分与を受けること。
・そうだとすれば妻が、次男の養育・監護のための費用を、専ら妻において負担できないという事情が認められないし、そうしたところで子の福祉に反するとはいえない。

私は、結論として当然の判断だと考えておりますが、皆さまはどのようにお考えでしょうか。

夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース|なぜ地裁、高裁は、妻からの請求を認めたのか?

最高裁判所は、妻からの請求を認めませんでした。
この男性からすると、本当に安堵する判決だったことと思います。

ではなぜ、地裁、高裁は、妻からの請求を認めたのでしょうか。
これは民法に原因があります。

民法第772条第1項は、次のように定めます。
「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」

この意味、分かりますか?

これは実は恐ろしい条文です。

補って説明しますと、この条文は、
「妻が婚姻中に妊娠した子は、(それがたとえ夫以外の男との間でもうけた子であったとしても)、夫の子と推定する」と定めているのです。

妻が、ほかの男とつくった子であろうが、夫は、自分の子として育てていかなければならないのです。
妻が、ほかの男とつくった子であろうと、夫は、その子の「父」になるのです。

血縁を無視した法律特有の意味付け(強力な法的効果)がここにはあるというわけです。

女は自分の生んだ子が、絶対に夫の子であるのか、それとももしかしたら他の男の子なのかもしれないのか、はっきり答えることができます。
夫以外と関係していない限りは、100%夫の子であるし、夫以外の男と関係をもっていたのであれば、夫の子ではない可能性もあるわけです。
女は、妊娠発覚前の数ヶ月の行動を冷静に考えれば、その子が、夫の子ではない可能性があるかどうか、答えに迷うことはないのです。

しかし男は違います。
妊娠発覚前の数ヶ月の間、妻が自分の知らないところで、他の男と関係をもっているかどうか。
ないと信じたくても、絶対にないと断言する材料がないのです(24時間365日一緒に行動していない限り)。
男は、妻が妊娠しているこの子が、本当に自分の子であるといえるのか。
その100%の確証をもつことは、不可能なのです。

それにもかかわらず、といいますか、
だからこそ、ということなのか、
とにかく、民法第772条第1項(「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」)があるせいで、
「妻」が婚姻中に妊娠した子は、その子が「夫以外の男」との間にできた子であろうが、その子の「父」は「夫」のほう、ということになってしまうのです。

そして理不尽な話ですが、
夫が、その子との親子関係を否定するためには、裁判を起さなければなりません。

嫡出否認の訴え(民法第774条、第775条)といいます。

さらにさらに理不尽なのは、
この嫡出否認の訴えは、夫がその子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならず(民法第777条)、
その期間をすぎてしまうと、血のつながっていないその子との親子関係を否定することができなくなってしまうのです。

本件において、妻は、次男を出産してから約2か月以内に、この子の(血縁上の)父が、夫ではないことを知ったにもかからず、夫にはそのことをずっと黙っていました。
そして、夫が、この事実を知ったのは、次男が生まれてから7年を経た後でした。

つまり、夫が真実を知ったときには、すでに、嫡出否認の訴えを起こす期間(出生を知ってから1年)が過ぎてしまっていたのです。

本件の夫は、それでもあきらめきれず、
親子関係不存在確認の訴えを起こして、この次男との法律上の親子関係がないことの確認を求めたのですが、残念ながら却下されたのです。
(現在の裁判実務の大勢としては、妻が婚姻中に妊娠した子について、夫が、この子は自分の子ではないと主張して、この子との親子関係を否定するための手続きとしては、嫡出否認の訴えしか認めておりません。そのため、納得できない夫が、別の法的構成の親子関係不存在確認の訴えを起こしたとしても、その訴えが却下されるケースが多いのです)(→最高裁平成26・7・17第一小法廷判決に関しては、別途、投稿いたします)。

長い前置きとなってしまいました。

つまり、本件の第一審、第二審が、妻からの養育費請求を認めたのは、
この夫である男性が、法律上、この次男との親子関係を否定する手段がもはや存在せず、
そうであれば、この夫である男性を、次男の「父」として扱わざるを得ず、
そして「父」である以上は、妻側から養育費の支払請求をされれば、当然、支払わなければならないと言わざるを得ず、
論理的に考える限り、裁判所としても、妻からの支払請求を、棄却することができなかった、
というわけなのです。

しかし、それではあんまりではないか。
ということで、最高裁判所は、本件に関する事情を丁寧に拾って(その前提として、夫側が、本件に関する事情を丁寧に主張している)、
妻からの請求は、権利濫用にあたる、との理屈で、妻からの請求を封じたのです。

夫の男性からしたら、ようやくまともな判断をしてもらえた、という気持ちだったことでしょう。

夫以外の男との間の子を生んだ妻からの養育費の請求が権利濫用とされたケース|当事者はどうすればいいのか?

血縁上の父でないにもかかわらず、その男性が法律上は「父」として扱われてしまうことについて、
世のすべての男性は、妻が秘密にしている限り、この裁判の原告夫と同様の立場におかれる可能性があります。
世のすべての女性は、自分が秘密にしている限り、夫以外の男性との間でできた子を、夫の子として育てていくことができてしまいます。
男としては、避けようがないですね。
意外と知られていない、民法の恐ろしい一面です。

(家裁月報63巻9号58頁、判例時報2115号55頁、判例タイムズ1347号95頁)


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